第3章 それは悲喜交々とした恋の歌
見間違う筈もない。
あれから、あの日からずっと探し続けていたその人が、今そこに居る。
ベリアンは、深々と下げた頭を最後まで上げ切ることもなく背を向けると静かに鍵盤へと向き合った。
ドクン、ドクンと心臓が騒ぎ立てる。
ポーン、と最初の音を静かに奏でると、すぐに美しい旋律へと音を乗せる。それは初めて聞く曲だった。その音は、この華やかな舞踏会にはあまりにも似つかわしくない程に悲しく、切なく、そして激しい音を響かせる。
誰しもが花咲かせていた筈の会話を止め、視線を音の方へと泳がせた。華やかな宴を、酷く儚く、狂おしいまでに悲痛な慈しみに満ちた音色が包んでいく。
ベリアンが、あんな音を出すなんて。
驚いて、声も出せずにただただその音に聞き入っていれば、目の前に人影があった。
こんなにすぐ近くに来るまで気が付かなかったとは。
緩やかな笑みを浮かべたフィンレイ様が私を見ていた。
「この曲は、急遽私がリクエストしたんだ。……彼がね、あんまりにも悲しい瞳をしていたから。是非、今の彼に弾かせたいと思った。」
彼には悪いがね。
そう言うフィンレイ様は、先程の踊っている私を見ていた時の視線と同じものを、ベリアンに向けていた。
「やはり、思った通りだ。この曲は、なかなかここまで弾きこなせるものではないよ。」
流石だなと、誉めているフィンレイ様の声は私には届いていなかった。
歌うように、囁くように、悲しみに浸るその旋律はあまりにも美しく、ここにいる誰もがその手を止め、息を飲んだ。
私は、今すぐにでも彼の元へ駆け付けて、貴方にそんな音を出させるだなんてと、強く強く抱き締めたくて仕方がなくなった。
あぁ、ベリアン。
貴方は今、何を思っているの。
いつも、私には何でも話してくれと言った貴方なのに、そういう自分は私には大切な言葉はいつも上手く隠してしまうのだから。
その美しい瞳をほんの少し細めて笑う、優しい貴方の笑顔が好きだった。
どんな時でも暖かく出迎えてくれる、その甘い声が好きだった。
主様と、嬉しそうに私を呼ぶ、そんな貴方が好きなのだ。