第3章 それは悲喜交々とした恋の歌
けれども無事に大きくミスをすることもなく静かにその役目を終える事が出来、私はやっと胸を撫で下ろした。
かなり踊りやすかったのは、流石と言う他無い。勿論、ベリアンのリードに比べたら劣るのは当たり前なのだが。
そう考えて、はぁとまた無意識に溜め息が出た。
その声を掻き消すかのように、2曲目のダンスが始まり、静かに見ていた貴族達がその華やかなドレスをこれ見よがしになびかせた。
それからというもの、フィンレイ様が近くにいるからだろうか、面倒な貴族が絡んでくる事もなく、かといって私をダンスに誘おうとする人間などこの空間には居る筈もなく、ただ一人静かに立ち竦んでいた。
舞踏会主催者がまさかの壁の華かと笑えたが、勿論私にとってはその方が都合が良かったし、ましてや見知らぬ誰かと踊りたいとも思わなかった。
ルカスには、もう私は大丈夫だから皆の手伝いをして欲しいと伝え、不安げな顔ににこりと笑って見せればこの場を離れさせた。
何曲目かのダンスが終わり、ホール中心が捌けると、皆一様に同じ方向へと目を向け始めていた。
何か始まるのだろうか?いや、そんな予定は無かった筈だと思ったが、皆が見る視線の先に目をやれば、今日の為に移動された艶やかなグランドピアノの前に一人の男が立っていた。
私はその人物が誰なのか理解した瞬間、先程までまるで精気を失ったかのように冷えきっていた心臓が、急に激しく音を立て出したのを感じた。