第3章 それは悲喜交々とした恋の歌
だから、先程のルカスの視線の先に、きっといたのだ。
あの白と黒との美しい彼が。
今、彼は一体どんな表情をしているのだろうか。
何を思っているのだろうか。
そんな事ばかりが頭をよぎる。
ただそれだけでも、見ることが出来たのならば、少しはこの胸騒ぎが落ち着くような気もするというのに。
意識しないようにと思ったところで、どうしようもならない。情けないな、と、またひとつ小さな溜め息が溢れて落ちた。
そして、予定通りフィンレイ様が、今宵、悪魔執事達が催すこの舞踏会でグロバナー家の栄光を讃える言葉をつらつらと並べ、それに満足気に頷く貴族達の顔を確認する。
すぐにダンスの前座の余興として入れ替わるように現れたラトとミヤジによる二重奏が始まる。他の多くの執事達はドリンクの配給に勤しんでいた。
そう、私はここからが本番なのだ。気合いを入れ直さなくてはと、ドレスの影でぎゅっと拳を握り締めた。
戻ってきたフィンレイ様に予め用意したドリンクを差し出しつつ、先程の言葉への礼と、頭の中で練り上げた称賛を口にしようとした時、制止を訴える手が目の前現れた。
「構わない。わざわざ思ってもない事を並べ立てずとも良い。」
それに答えるのも面倒だと言う彼の空気にピリリと背筋が震えた。
「も、申し訳、御座いません。」
「……その様な顔をしなくとも、私は特に気を悪くした訳ではない。」
面倒事が嫌いなだけだと、少し冷めた声で言ったフィンレイ様は私からグラスを受け取ると躊躇うこともなく口に運んだ。
少なくとも、此方に毒を盛られるような心配もしていないという意思の現れ。視線を動かせば、遠目に様子を伺っていた気難しそうな貴族達が、私から受け取ったグラスへ口を付けるフィンレイ様を見て安心したかのように続いてその喉を潤した。
この場所で、彼が私を気に掛けるような態度を取ることはお互いに有意義ではない。威厳に満ちた彼の態度に、私はおずおずと腰を折る仕草を、先程から冷めた視線を送り続けてくる貴族達に見せ付けるのが最善である。
「ありがとう御座います、フィンレイ様……お心遣い、感謝致します。」
「あぁ。このまま、滞りなく頼むよ。」
隣にいる私とルカスへ聞こえる程度の、低く落ち着いた声に安堵する。