第3章 それは悲喜交々とした恋の歌
ロノとバスティンがドリンクの準備を始めている。
ハウレスは相変わらず貴族の女性から言い寄られているが、何とか上手く逃げられたようだ。
ナックが困り事がある人は居ないかと会場を見て回ってくれている。
ラムリは玄関口で貴族から受け取ったコート類の管理に勤しんでいる。
ユーハンとテディも上手く貴族の相手が出来ているようだ。
大丈夫、大丈夫、皆完璧だ。
何度も何度も、視線を泳がす。何度も、何度も。
私は、その度に、小さな小さな蟠りが胸に降り積もるのを感じたが、気が付かない振りをした。
もう少ししたら、フィンレイ様が中央で挨拶をして下さる。そうしたら、ラトとミヤジがダンスの余興を奏でてくれて、ダンスが始まって…。
段取りを頭の中で確認しながら、順調だとそう言い聞かせる。しかし、ドクドクと妙に不安定な音を立てる胸を黙らせるように、ぎゅっと手を当てた。
「……主様。」
「、ん?どうしたの、ルカス。」
「いや、……フフ、何でもないよ。そんなに心配しなくても大丈夫、今日は何事もなく無事に終わりますよ。」
何かを言いかけたルカスが一瞬だけ、私の後ろを見てその言葉を濁した。咄嗟に振り返った私だったが、丁度その後ろを通り過ぎようとした、丸々太った貴族の男にぶつかりそうになる。
「も、申し訳御座いません。」
気を付けろと唾を吐く男に頭を下げて、はぁとまた溜め息を吐いた。
「大丈夫ですか?主様。」
ぶつかること無くすんだのは、ルカスが私の肩を引き寄せてくれたから。
「ご、ごめんね……ありがとう、ルカス。」
この大切な時に、何をしているのだか。
注意が散漫としているのは目に見えていた。
しかし、先程から…いや、段々と時が経つにつれ、この違和感への胸騒ぎが大きくなる。ルカスは静かに私の肩を抱いたまま、何も言わない。
でも、きっと勘の良いこの男は気が付いているのだろう。
わざと、私にこれ以上意識させないようにと口に出さずにいるのだろう。
全く、嫌味な程に本当に良く出来た執事だと思った。私がさっきから何を見ているのか、何を、探しているのか。分かっていて気が付かないフリをしている。
きっと、今貴方は何を見ていたのかだなんて、聞いたところでこの男はのらりくらりとかわして、その答えなど教えてはくれないのだろう。