第2章 それは請い願った帰り花
「ラトくん?どうされたんですか?」
聞こえたのは、今この瞬間に、誰よりも現れて欲しくないその人の声。
「おや、ベリアンさん。先程べリアンさんが主様にマッサージしてるのをみて、私も出来ないかなぁと思いましてね。」
「それはとても良い心がけですね。ですがラトくん、あまりやりすぎも良くないので、今日は終わりにして差し上げてください。」
「ふむ、確かに……先程既にべリアンさんがマッサージして差し上げてましたね。では主様、今日は終わりに致しましょう。マッサージが必要でしたら、いつでも私に言ってくださいね。」
そう言うとあっさりと私から離れたラトに、放心状態の私は何も返せない。
だが、助かった。これ以上にない助け舟に心底安心したし、涙こそ出そうになった。そう、彼、べリアンの次の言葉を聞くまでは。
「……さて、主様、少々お時間よろしいでしょうか?」
ラトが部屋を出るのを見送った後、ベリアンがとても丁寧に閉めた筈の扉の音が、嫌にこの部屋に響いた気がした。その、いつもより少し低い声色、ピリリと張りつめた空気に、私は瞬間的に察知した。
これは、間違いなく、怒っている。
「……主様、私のではご満足いただけませんでしたか?」
汗が噴き出した。
心臓がバクバクしている。
さっき、ラトにマッサージされている時よりも、いっそ苦しいくらい騒ぎ立てる鼓動。しかし体は先程の体勢から、指先一つ動かせやしない。
「いや、ちがくて……」
「確かに、あんなところまでは流石に私はしませんでしたね。気が付けず申し訳ありません。どこが足りないのか、教えて下さいませ。」
ゆっくりと近付いてくるべリアンは、一見穏やかな笑みを浮かべている。しかし、明らかに、いつものべリアンではない。どうしよう、どうしようと焦りは募るばかりで判断能力の失われたこの思考は何一つ解決策を生み出しやしない。
そうして目の前まで来たべリアンは私の、太腿まで捲り上がったスカートをちらと見て、そして、そのままあろうことか私のすぐ隣に手を付いた。真っすぐに私を捕らえる紅紫色は細められ、今の私にはもはやそれがどんな色なのかもわかりはしない。