第2章 それは請い願った帰り花
レッスン後、汗ばんだ体をシャワーで流し、その火照りも落ち着いてきたという頃、控えめにドアがノックされた。
「……どうぞ。」
いや、レッスン後というのは語弊がある。正しくは、あの二度目のレッスンから更に数回のべリアンによるダンスレッスンを重ねた後のレッスン後、だ。加えて今日は舞踏会の二日前、最後のレッスン後でもある。
「失礼いたします、主様。ご加減はいかがでしょうか。」
「えっと、大丈夫だよ。あの、そんなに心配してくれなくて平気だから……。」
「いえ、用心に越したことはありませんよ。万が一、本番中に主様がまた足を挫いてしまったら大変です。疲労は出来る限り溜め込まないようにしなくては。」
そう言ってべリアンは、持ってきた紅茶をサイドテーブルに置くとベッドに腰掛ける私の前でゆっくりと膝を付いた。
あの時私が足をもつれさせ倒れこんだりしたものだから、この心配性の執事はレッスン前の念入りなストレッチメニューを用意し、加えてレッスン後にマッサージが必要だと、そう提案してきたのだ。
流石にそこまでさせられないと、そう言ったのだが妙なところで頑固な私の執事は頑として譲ってはくれなかった。
この前のこともあり、不必要な接触は控えないとと思うのに、どうにもそれをさせてはくれない。あの後も、まともにべリアンの顔を見られるようになるまで暫くかかったというのを、この人は分かっているのだろうか。
お陰であれから、嫌という程に私はこのべリアンという男を意識せざる負えなくなった。単なる一執事と主の、その信頼の感情が、明らかな熱を帯びていく。
手を取って、二人きり、誰もいないその空間で踊る程に、どうしようもなく胸が高鳴る。そしてその間中、ずっと嬉しそうにこの男は私のことを見続けているのだ。
もう、レッスンは十分な程踊れるようになったし、最初は一曲で息が上がっていたが三曲程は然程無理なく踊れるくらいの体力もついた。それでも、べリアンは今日までレッスンを止めようとは言ってこなかった。
私からも、どうにも、もうレッスンは必要ないのでは、とは言い出せなかった。
何故か?
そんなの、態々言わせないで欲しいところだ。
だって、目の前のこのあまりにも嬉しそうに私を見る彼に対する、この想いを自覚させられるようなものだ。