第2章 それは請い願った帰り花
「ご、ごめん、べリアンこそ……大丈夫だった?」
心配になって顔を覗き込もうとする。
本当に私の方は何ともないのだ。でもべリアンに何かあったとなれば、今後のスケジュールに支障をきたしてしまうであろう。
「い、いえ、私は何とも……申し訳ありません、ただあの、少々、お待ちくださいませ。今、主様に見せられる顔をしておりませんので……。」
やはり、こちらを見ようとしないままのべリアンは顔を手で隠して、更には背を向けた。しかしその時見えてしまった彼の顔は、耳まで真っ赤だったのだ。
私がそのことに気が付いた時には、彼は一度顔を洗わせて欲しいと部屋を出て行ってしまった。
返事も出来ぬまま部屋に取り残された私は、ポカンと暫く呆けていた。
えっと、これは……もしかしなくとも、彼は今、かなり私を意識している?
まさか、そんな。
だって、前回あんなことがあったというにも関わらず、今日までレッスンの段取りの説明はおろか顔すら見せには来なかったし、いざ顔を合わせてもそんなこと一切覚えてなどいませんよとでも言うかのような態度を見せつけていたというのに?もう前回あれだけ踊れていたのだから、私一人踊るよりも合わせた方が練習としてはいい筈なのに、それもしなかった。
あれ、ちょっと待って欲しいと思いながらも、一気に記憶が呼び起こされる。
担当を外されたくないと言ったのも、他執事の指導中どこか上の空だと聞いたのも、私のダンスの指導役に名乗り出たのも、今までのべリアンではあまりなかった行動。
そして、前回のこと、最後に言いかけた言葉。
あんなにも強く抱き締めてきたその手が、ダンスの練習の手すら取ろうとしないのは、本当に何とも思っていないからだろうか?
寧ろそれは逆なのでは、と。
気が付いてしまった瞬間、同時に騒ぎ出す、私自身の鼓動の速さ。気が付かないフリをしていた、その想い。私自身の、べリアンに対する、明らかに他の誰とも違う、感情達。
意識してしまった瞬間、ぶわりと体温が上がった気がした。
私は、気が付けばべリアンの帰りを待つことなく、簡単な置き手紙を残して自分の部屋に戻っていた。