
第2章 それは請い願った帰り花

パン、パンとリズムよく手拍子がレッスン部屋に響く。音楽に合わせてベリアンが手でリズムを取り、それに合わせて私が身体を動かすのだ。
きちんとダンスを踊ったのはもう去年のこと。かなり忘れてしまっているかと思っていたが、比較的足は忘れずにステップを踏めるようで何とか形にはなっている。けれど、必要以上の緊張感を感じながら、私は今必死にリズムについていっている状態だ。
何故か?
それは、今このダンスの指導役である、ベリアンの視線だ。16人の執事を抱え、貴族とのやり取りも増え、見られる事には慣れてきた筈だった。それに、ベリアンが担当の時には常に私の事に気を配ってくれていたので、彼に見られること自体が緊張するのではない。
なのに、何故か今彼の私に向けている視線に、普段とは違う何かを感じてしまうのだ。気のせいだと言い聞かせても、身体が強張りそうになる。
頭の先から足の先まで、細かな動きひとつも逃さぬという程に全て見られているような、そんな感覚だ。
「……少し、休憩に致しましょうか。」
私の、どこかぎこちない動きに気が付いてか、ベリアンが一息着こうと声をかけてくる。紅茶を用意してくると言って出ていったベリアンの背中を見ながら、私は今丁度受け取った清潔で柔らかなタオルへと顔を埋めた。
「なんでだろ、ベリアンの顔、見れない…。」
どくどくと、相変わらず音を立てる鼓動。これはきっと、ダンスで動いたからという訳だけでは無いのであろう。
あの、鮮やかな紅紫色が、ずっと私を捉えて離さないのだ。
それに、手にキスだなんて、そんなことをするベリアンが悪いのだと心の中で思わず悪態を吐く。何を思ってそんなことをしたのだろう。こんなにも気にしてしまっているのは私だけなのだろうかと、そう思っていれば、不意に後ろから声を掛けられた。
「主様?大丈夫ですか?」
思わずビクリと肩が跳ねると反射的にその声がした方向に振り返る。私がずっとタオルに顔を埋めたまま動こうとしなかったからか、いつの間にか戻ってきていたベリアンが心配そうに私の事を見ていた。
「あ、いや、大丈夫!ちょっと汗かいちゃっただけだから。」
何ともないと明るく振る舞いつつ、やはり視線を逸らしてしまう。ベリアンがこの時間のために前もって準備していたのか、用意された冷えたグラスに入ったアイスティーを口元へ運び、この緊張を誤魔化した。
