第2章 それは請い願った帰り花
ハウレスからダンスのことを聞いて数日後、私のレッスンのスケジュールが決まったらしく、その日伝えられた時間に私は一人3階へと向かっていた。
そういえば、誰がレッスンを教えてくれるのか、聞くのを忘れていた。ハウレス、ではなさそうだし……ルカスかな?と特に深く考えずに練習部屋の扉を開く。
すると、窓際に立つ人影が私の目に飛び込んできた。
それは、あまりにも見慣れた、気が付けば私の思考を支配するその人で。スラリと細身の体で、黒と白の特徴的な燕尾服をキッチリと着こなし、その立ち姿は相変わらず見事なものであった。
開いた扉に気が付いたのか、その人、ベリアンはゆっくりと此方を振り返った。その表情は、逆光で良く見えない。
「ぁあ、主様……お待ちしておりました。」
良くは見えないのだが、その声色は本当に甘く優しく、溢れんばかりの喜びを隠そうともしない程に、嬉々としていた。
まさか、一番あり得ないであろう人物がそこにいて、突然のことに驚いたのは勿論、その姿を認識した瞬間に私の胸が跳ねた気がした。
「っ、あれ、レッスンって、もしかしてベリアンが教えてくれるの?」
ついこの前まで、片時も離れない程に隣にいた筈の私の執事は、こんなにも甘い声だっただろうかと、跳ね上がる心拍数を誤魔かす為に視線をそらしては、何とも無さそうにそう聞いて見せる。声は上ずってはいない筈だ。
「ええ、そうですよ、主様。……ルカスさんから、主様のダンスのレッスンの話を伺いまして。僭越ながら、指導役に私自ら名乗り出させて頂きました。」