第1章 それは心からの憂心
「では、近日の主様のご予定をお伝えいたしますね。」
気持ちを切り替えなくてはと小さく咳ばらいをすると、すぐにいつもの様子で主様の向こうの世界でのご予定や、起床時間、帰宅予定時間などを細かく説明していく。
その間ハウレスは一文字一句逃さぬようにとでもいうかのように自分の手帳にメモを取っていた。
丁寧にしたためられていく文字の羅列を見ながらベリアンは己の胸の内にどこか黒ずんだものが広がるのを感じていた。
そのことに気が付いていながらも、今真剣に己の話を見聞きするハウレスに何とも形容しがたい感情を向けてしまいそうになる。
主様の事が、自分ではない人の記録に記されていく。
自分だけが把握していた事であった筈なのに。それが今、己ではなく目の前の彼に移り変わろうとしているのだ。
その事実に、ベリアンは自分でも驚く程に妬いている事に気が付いた。
今までは、私だけに許されていた役割だったのに。
私だけに任された、主様の日々を隣で支えるその時間。
それが、奪われてしまったかのような感覚に陥る。
「べリアンさん?どうされました?」
気が付けばそんなことがベリアンの思考を支配して、己が説明の途中で黙り込んでいた事にもハウレスが不思議そうに声を掛けてくるまで気が付くことが無かった。ハッとして呆けていた意識を戻すと、誤魔化すかのように確認の言葉を投げかけた。
「、え?あ、い、いえ……なんでもございません。では、何か質問などありますでしょうか?」
「そうですね……何か、主様のお側に使える身として、注意すべき点など、あれば教えていただきたいと思います。何せ、俺が主様担当を引き受けたのはもう随分と前の事ですから、今の主様に対して相応しい立ち振舞いが分からず、ご迷惑をかけてしまうのではないかと心配で。」
「ふむ、そうですね……。」
実に真面目で勤勉なハウレスのその言葉に、それ以上の意味など無いのだと理解しつつも胸に広がる小さな蟠りは広がっていく一方だった。ベリアンはその問いに考える素振りをして思わず下唇を噛んだ。