第1章 紫の陽だまりを見た日
それからというものの、私とぼんさんはちょっとだけ距離が近くなっていた。
仕事関係で接触することはいつも通りだったのだが、時間の空いている時は食事に誘われることも多くなった。二人きりになるのはあの日以降ないのだが、楽しそうにしているぼんさんを遠巻きで見るだけで満足だった。
それに、仕事で機材やパソコンの点検にぼんさんの自宅に訪問する時も、前よりは口数多くなった。元々喋る性格ではあったんだけども、そういえばあの店の何が美味しいとかより詳しく話すようになって。
「なんか、ぼんさんとお話していると楽しくなります」
と私が素直に感想を述べると、そう? とはにかんだようにぼんさんが笑った。その顔を見た瞬間、可愛らしい笑顔だな、と思ってしまって私は慌てて目を逸らした。何を考えているんだろう。この二回り近くも歳上の、しかも多くの人の人気者でもある彼に何を思ってしまったのか。少しでも思った自分の邪な気持ちを、私は払い除けてしまおうと立ち上がった。
「わ、私、もう帰りますね」
「は〜い。今日もありがとね」
いつも通りお見送りまで来てくれるぼんさんの一挙一動までつい目で追ってしまい、私は緊張感を覚えた。ダメだぞ、私。なんて理性が歯車のように引っ掛かって溢れた気持ちになんとか蓋をし、ぼんさんの自宅を後にした。
それから外に出て車に乗り込み、エンジンを掛ける前にハンドルに頭を乗せた。
「あ〜……好きかも」
言葉にするとそれは本当だというかのように心臓が締めつけられた。これは確実だ。なんてことだ。私は、私は本当に彼に恋心を抱いたのだろうか。まだ、フラれて一ヶ月くらいしか経っていないというのに。
それとも、フラれたばかりだからそう思ってしまうのか。
そうだ。そのせいだ。私はそう思い込むことにして、会社へと戻って行った。