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紫の陽だまり

第2章 ハンバーグ記念


「ぼんさん、お願いがあるんですけど……」
「ん? 何?」
「あーんして、くれませんか?」
 申し訳なさが立ちながら控えめにそう言ってみると、かなり動揺したぼんさんが私の視界に映る。ぼんさんの目が宙を泳ぎ、それからはにかんだように笑って、いいよと呟くように答えてくれて。
「こうしたらいいよね?」
 私の反応を待つより早く、ぼんさんはハンバーグを一口分切って箸で持ち上げた。今私はグルメ映画でも見ているのだろうか。一つ一つの動作から目が離せなくなる。
「……ゆめちゃん?」
 少し不安そうな顔になるぼんさん。私は慌てて言葉を返した。
「す、すみませんっ。こういうイチャイチャした系のお付き合いしたことなくて、ちょっと私がびっくりしたっていうか……」
「そーなの? 慣れてるのかと思ってたよ」
「いや、私は……」
 誰にでもそう言ったことはないのに。トラウマがきっかけでやってきたこんなチャンス、静止ボタンを押してじっと眺めていたい、と私は言葉を切ってしまう。この状況、私が口を開けるしかないみたいなのだが、焦らしてしまいたくなる自分の何かがどこかで騒いだ。
「あ、あー……」
 私はなんとか口を開けた。これ以上ぼんさんを困らせる訳にはいかない。
「行くよー?」
「は、はいっ」
「あー……ん」
「んっ……」
 一口のハンバーグ。食べなくなって忘れていた染み出る旨みと食感が、私の脳に美味しいということを伝えてきた。
「……どお?」
「美味しいです……!」
 柔らかいハンバーグは、少し咀嚼しただけであっという間に喉を通っていった。すると不思議なことに食欲が湧いてきて、私はもう二口食べようとして手を止めた。
「今度は私の番ですね!」
「え、それじゃあゆめちゃんの分なくなっちゃうよ」
「ハンバーグ食べられるようになった記念日です! 感謝を込めてあーんしますね♪」
 どうせ来年には忘れている適当な記念日を作って。
 私はぼんさんに、ハンバーグを一口お裾分けした。

 つづく?
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