第1章 紫の陽だまりを見た日
「あの、すみませんでした……」
落ち着いた頃、私はぼんさんに謝罪を伝えた。
ぼんさんは配信部屋でスマホを弄っていたみたいで、私がリビングを独占したからここにいたんだな、というのは一目で分かった。
「いや、俺が悪かったよね。ごめんね、わざわざ来てもらったのに」
スマホからすぐに目を上げたぼんさんは、それでも自分が悪かったと言い張るので、私は必死に手を前に振った。
「いえいえ、悪いのは私の方ですよ。その……急に泣いちゃったりして……」
「そっか……でも、体調悪かったのかとか思ってさ」
そうなんです、と私はぼんさんの顔へ視線を向けた。そこには困り果てたぼんさんの顔があり、私はますます申し訳ない気持ちになった。
これは、言った方がいいだろうと思った。
「その、私、フラれちゃったんですよね、ははっ」
出来るだけライトに伝わるように、笑いを加えて。
上手く笑えたかは分からなかったが、表情
が変わりやすいぼんさんは目を見開き、そうだったのねと頭をさすった。
「それは辛かったね。ここでいいなら、いつでも来ていいから」
この人は、やはり優しい。こちらのことを根掘り葉掘り聞いてこないし、辛いという気持ちに寄り添ってくれる。これがみんなから人気を集める秘訣なのか。機械好きの私には到底無理なんだろう。
「ありがとうございます。でも、そろそろ帰らないと……」
話したことでようやく冷静になった私は、会社に残してきた仕事を急に思い出した。ダンボール箱を畳み、会社用のバックを手に取る。
「……帰れる?」
ぼんさんが一言だけ聞いてきた。多分今の私は、泣き腫らしたみっともない顔をしているんだろう。生憎、機械弄りばかりの私には化粧品なんてものを持ち歩いていることもなく。精神状態だって怪しいところだ。だが、ここ数日間、仕事は普通にやって来たつもりだ。効率は下がっても、平気なはず。
「はい」
私は頷いた。こうして誰かと話してる方がまだマシだ。ただ、誰もいない家に帰るだけが怖い。あそこには、元彼氏の匂いが残っている。
「あの、夜来てもいいですか」
「え」
「あ、どこか外の店とかでもいいんですが……」
すると、ぼんさんが少し考えた素振りをしてからこう言った。
「だったら、オススメの店に行こう」