第1章 紫の陽だまりを見た日
「はい、これで大丈夫です」
「ありがとうございます。確か、いつもは俺の担当じゃないっすよね?」
「はい、私は、普段はぼんさんの担当なんですが……」
と答えると、MENさんから申し訳ないと感謝の言葉を何度も述べられた。どこかぼんさんの雰囲気を感じて私はハッとする。
「あ〜、やっぱりおんさんも例の?」
こちらの心境まで気づいていなさそうなMENさんがさらに訊ねてきた。おんさん、というのはMENさん担当のエンジニアだ。私は頷いた。
「そうみたいなんです。症状はないみたいなんですが、微熱だけあるみたいで……」
「そうっすかぁ」
「MENさんもお気をつけて下さいね」
「うっす」
ここで私も失礼しましたとさっさと自宅を出るべきだったのだが、私欲的疑問が絡み出し、ついつい口を滑らせてしまった。
「あの、ぼんさんとは最近お出掛けなさるんですか?」
「え」
なんで急に、というような顔はされたが、すぐには取り繕ってそうっすねと言葉を返してくれた。
「よく行きますね……なんかありました?」
このお方、聞いての通り察しがいいみたいだ。私はなんてことを聞いてしまったのだろうと後悔した。
「えっと……特に何もないんですが……」
そうっすか、とMENさんはそれ以上の追求はしてはこなかった。ぼんさんって、女性なら誰でも口説いているんですか、なんてあからさまな質問は出来ない。私は逃げるようにMENさんの自宅を後にし、こんなことを聞こうとした時点で自分の感情を自覚せざるを得なかった。
「はぁ〜〜……」
吐いたため息が思った以上に大きい。私は自分の気持ちに気付かないフリをした。