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蜩(ヒグラシ)の宿─にの江大江戸人情帳─

第2章 紀州仇討ち編






にの江「それは…」



あたしは目を見張って潤之助さんを見た

潤之助さんはゆっくりて首を横に振ると、ため息混じりに話を続けた



潤之助「…たった一度御前試合で敗北を喫したのみで、はっきりした理由も解らず捨て置かれ…

…そして、試合で己を負かして人生を狂わせた雅吉殿が、ことも有ろうか剣を捨て、呑気に遊び人風情に成り下がっていると知り…

…何時しか、雅吉殿への復讐心のみがヤツを支配して、荒んで行ってしまったのでしょう」


にの江「…復…讐…」



青ざめるあたしの冷たくなった手をそっと握って、潤之助さんが言った



潤之助「…国元でお目付を斬ったとあれば、死罪は免れぬでしょう…

…あやつは雅吉殿を道連れに死ぬ気やもしれぬ」


にの江「!!!」



ガタガタと体が震え出す

そんなあたしの体を、潤之助さんがそっと抱き締めた



潤之助「……心配なさるな、にの江殿……雅吉殿は……貴女の幸せは、拙者がきっと守ってみせます」


にの江「………潤之助、さん///」



その逞しい背中に腕を回しかけて…

でも、出来なくて。


あたしは宙ぶらりになった手を、ギュッと握り締め、拳を握ったまま、潤之助さんの胸を押して体を離した



にの江「………有り難う御座います、潤之助さん………雅吉には、良く用心するように申しておきます……////」


潤之助「………にの江殿」


にの江「心配には及びませんょ!」



あたしはわざと大きな声であっけらかんと言った



にの江「あの馬鹿、剣の腕だけは良いらしいから、ただで斬られておっ死ぬこたぁなぃでしょうから!」


潤之助「………無理をなさるな、にの江殿」


にの江「!!!////」



一度離れた潤之助さんの腕にまた抱きすくめられて、息が止まる



にの江「だ、大丈夫ですって、ば…////」


潤之助「……拙者には、貴女の役に立つことも赦されぬのか」


にの江「…潤之助さん////」



胸が

力強く抱き締められた体以上に


…軋んで、痛んだ




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