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蜩(ヒグラシ)の宿─にの江大江戸人情帳─

第2章 紀州仇討ち編






雅吉「………」



雅吉は難しい顔をすると、ふうっと息を吐いて

少し哀しげに笑った



雅吉「…お前には話すまいと思ってたんだがなぁ」


にの江「……」



雅吉はまた小さく溜め息を付くと、遠くを見るようにして呟いた



雅吉「アイツぁ、俺が剣を捨てるきっかけになった御前試合で、最後に闘った相手なんだ…

…紀州の藩士で…

…凛とした、立派な武士だったぜ…」


にの江「そんな人が、何故そんな…」


雅吉「解らねぇ……聞いた話じゃ、試合の後、国元に戻されて……

それから荒れた生活を送ってたらしぃな」



雅吉はそう言って、深い溜息を付いた



にの江「あんたは…?」


雅吉「ん~?」



あたしは亭主の顔をじっと見詰めて

それこそ、訊くのは野暮だと思ってずっと訊かずにいた事を訊いた



にの江「…あんたは何で、武士を辞めたんだぃ?

その御前試合の所為ってコトは…

…まさか、その生田って人に負けたからとか…」


雅吉「逆さ」



雅吉は自嘲した様に笑うと、またあたしの髪を撫でた



雅吉「…御前試合なんて名ばっかりでょ…要は、殿様の賭事遊びだったのょ…

…優勝した剣士を出した殿様が、幻の茶器を手に入れるって言う、下らねぇ遊びさ」


にの江「…賭事遊び…」


雅吉「あぁ。

うちの馬鹿殿がよぅ、酔っ払って上機嫌でベラベラ賭の事を話し出してよぅ

…こちとら寝食を忘れて命を投じて剣術に励んで来たってのにょ…

…結局、その苦労も誇りも何もかも、下らねぇ遊びの道具でしかねぇんだって解ってょ…

…それで、俺ぁ剣を捨てたのさ」




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