第2章 紀州仇討ち編
にの江「…生田って…あんたが橋の上で見掛けたって言う…?」
それまで黙って雅吉の話を聞いていたあたしは
そう訊いて顔を上げた
雅吉「 …あぁ、そうだ」
雅吉は、滅多に見ないような真面目な顔をして眉間にしわを寄せている
にの江「その生田って人に、大倉さんのお兄さんが…?」
雅吉「あぁ」
雅吉は辛そうな顔をして目を瞑ると、息を吐き出しながら言った
雅吉「…忠義は、年の離れた兄貴をそりゃあ慕っていてよぅ…
…自分も何時か兄貴みたいな立派な武士になるんだってぇ何時も言ってやがったんだ…
…それを、あんなに無残に斬り殺されて…」
にの江「…それで、仇討ちを…」
雅吉「あぁ」
雅吉は閉じていた目をカッと開いて話を続けた
雅吉「…忠義の兄貴には嫁が居て、息子もあったんだがなぁ、まだ、ほんの乳呑み児でよぅ…
生田の野郎が、どうも江戸に逃げたらしいってぇ話を聞いた忠義が
自分が幼い甥っ子と義姉に代わって仇討ちをすると言って、お殿様に申し出て…
…そんで許しが降りたんでょ、俺と一緒に江戸の町まで仇討ちに来たってぇ訳さ」
(…奥方と、乳呑み児が…)
にの江「……そぅ、……かぃ」
あたしはため息混じりにそう言うのが精一杯で
零れそうになった涙を誤魔化して、雅吉の膝に顔を埋めた
それから暫くして
何とか涙が引っ込んだあたしは、また顔を上げて雅吉を見ると
気になっていた事を訊いた
にの江「ねぇ、あんた…その、生田って人は誰なんだい?
あんたの知り合いなんだろぅ?」