第1章 純情恋物語編
潤之助「………お顔を………お上げ下さい、にの江殿」
にの江「……」
長いこと黙っていた潤之助さんの低い声に、顔を上げると
潤之助さんの凛々しい瞳が、あたしを見つめていた
…其処には
あの時と同じ様に、決して譲ることの出来ない強い意志が、ハッキリと見て取れた
潤之助「…にの江殿に隠し立てしても致し方ない……
……全て、お話し致しましょう」
そう言って
潤之助さんは静かに語り出した
にの江「………今年も、煩いくらいに鳴いてやがるねぇ………」
潤之助さんの話を聞き終えて
長家から戻る帰り道
辺りの其処此処から、蜩が帰りを急かすように忙しなく鳴いていた
記憶の奥底に残る、あの夏の蜩と
まるっきり同じ様に
その鬱陶しい鳴き声が
ジンジンと
耳の奥に響いていた
にの江「……蜩のヤツも、そんな親の敵みたいに鳴くこたぁないのにねぇ……」
蜩の声を聴きながら、家路につくあたしの足は
どうしようもなく、重かった
にの江「………はぁ」
あたしは、どうしても真っ直ぐに家に帰る気になれなくて
ちょいと横道に逸れた場所にあるお寺に足を延ばしていた
境内を、ぶらぶら歩きながら、出るのは溜め息ばかり
にの江「………はぁあ」
(………どうにも………出来ないもんかねぇ………)
あたしは、先刻、潤之助さんが語ったコトを思い返した
「……実を申せば」
そう言って
只でさえ強面な男前な顔をしかめて
潤之助さんが語ったコトを…