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蜩(ヒグラシ)の宿─にの江大江戸人情帳─

第1章 純情恋物語編






潤之助「!!………にの江殿……」



潤之助さんの顔が、サッと青ざめる

それでもあたしは、心を鬼にして続けて言った



にの江「こんな貧乏長家に町娘として身を潜めておいでなんだ

智子姫のお名前が禁句だってのはあたしも百も承知でございますょ

でも、そうも言ってらんなぃんですよ、潤之助さん…」


潤之助「……何か……あったのですか?

……姫の身に……」



潤之助さんの瞳に、不安げな陰が浮かぶ

あたしは一息ついて続きを話した



にの江「えぇ…智子姫は、恐らく…

…翔吾と言う薬種問屋の若旦那と恋仲になっておいでかと…


もしも、智子姫が

このまま町娘のお智として暮らしていかれるのであれば

翔吾さんとは文句の付けようがない良縁だと思いますが…


だけど

智子姫はいずれお屋敷にお戻りになって、何処ぞの大名に嫁がれる御身

…違いますかぃ?」


潤之助「それは………」


にの江「……あたしはね、潤之助さん……」



あたしは俯いて溜め息を付いた



にの江「………本当は………出来ることなら二人を一緒にしてやりたいょ………

……お智ちゃんだって、見たことも会ったことも無いお殿様の処に嫁がされるくらいなら

好いた相手と一緒になって、薬種問屋の女将に収まる方がよっぽど幸せさね

…でも、ソレは赦されるコトじゃない…


………そいつは、貴方様が一番ご存知のハズ………


………そうでしょう、潤之助さん」


潤之助「……」



あたしはとうとう畳に頭を擦り付けてうつ伏せた

お智ちゃんの気持ちを想うと…とてもじゃないけど、頭なんか上げて居られなかった



にの江「…一緒にさせてやれないってんなら…

…せめて……せめて、深みにハマる前に…

…傷が……深くならない内に…」


潤之助「……」



あたしは潤之助さんの言葉を待って、ただじっと黙ってうつ伏せていた




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