第1章 純情恋物語編
にの江殿
私は家を捨てる事は出来ない
例え焦がす想いが私の胸を引き裂いても
若さと情熱だけではままならない事もあるのです
この哀しい蜩たちも
夏が終わるのを待たずに散り行くだろう
この胸に秘めた想いは
…哀れな蜩の恋に御座います
にの江「………蜩の恋、か」
雅吉「んん?何か言ったかぃ??」
にの江「何にも言わないよ。それよりさっさと食っておくれょ、片付きゃしなぃ!」
あたしは話しに夢中になってちっとも箸が進んで居ない雅吉をチロリと睨んだ
雅吉「なんだぃなんだぃにの江よぅ!
飯くらいゆっくり食わせろってんでぇ!」
にの江「アンタはのんべんだらりと何にもするコトが無いから良いけどねぇ、あたしゃ色々忙しぃんだょ!」
ガチャガチャと空いた夕げの器を盆に乗せるあたしの手を、雅吉がまた掴んだ
雅吉「よぉし!んじゃあ、まづはこっちを先に食っちまおぅ!」
にの江「な、何馬鹿を言ってんだぃ!///」
雅吉「遠慮すんねぇ!寂しぃ時は、亭主に甘えるモンだぜぃ?」
にの江「だ、誰が何時寂しいなんて…」
雅吉「にの江」
ググッとあたしを引き寄せて、すっぽりその腕の中に収め抱き締める雅吉
雅吉「………愛してるぜぃ?」
にの江「………ばぁ~か////」
何にも考えてないようで
ヒトの心の中をまるっきり解っているみたいな雅吉
だけど決してああだこうだと細かい事は口にしない
…ただ、何にも解らないふりをして
あたしを優しく抱いてくれるだけ…
にの江「……また、片付けが後回しかぃ…嫌になるょ」
雅吉「まぁ良いじゃねぇか!魚の焦げ付きゃあ、逃げやしねぇって!」
にの江「……なんだょ、そりゃ(笑)」
(過ぎ去りし恋は蜩の夏
今居る亭主はその日暮らしの馬鹿
…ってね)
にの江「………悪くなぃねぇ(笑)」
雅吉「ん?」
にの江「…何でもなぃよ(笑)」
(ホント
…悪くない)
あたしは亭主の暖かい腕の中で
密やかな懐かしい傷みに浸っていた