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蜩(ヒグラシ)の宿─にの江大江戸人情帳─

第1章 純情恋物語編








にの江「もし、お智ちゃん…お智ちゃん、にの江ですけど…居ないのかぃ?」



雅吉からお智ちゃんと翔吾さんの話を聞いた後

幾日か間をあけて、あたしはお智ちゃんと潤之助さんが暮らす長家を訪ねていた



にの江「お智ちゃん?

…おや、嫌だねぇ…誰も居やしなぃ」



呼べど暮らせど返事がないので、勝手に戸を開けて中に入ると其処は蛻の殻

臥せって居るはずの潤之助さんの姿すら見えなかった



にの江「…コレじゃ何しに来たんだか解りゃしないょ」


「…にの江殿?」


にの江「え?」



後ろから声を掛けられ振り向くと、其処には潤之助さんが立っていた



にの江「潤之助さん…もう歩き回っても良いんですかぃ?///」


潤之助「えぇ、お陰様で、漸く起きて歩ける様になりました」


にの江「そぅ…髪結い床に…お出でだったんですか?///」


潤之助「えぇ、まあ…余りに酷いナリでした故(苦笑)」


にの江「そぅ…ですか///」



先だって見舞いに来たときは、無精髭を生やして、髪も梳かずにボサボサだったのが

今はすっかり髭も無くなって、キリリと武士らしく髷を結っている


その、昔とちっとも違わない凛々しいお姿に、ざわざわと胸の内が騒ぐ



潤之助「このような場所で立ち話もなんです。

どうぞ、お上がり下さい」


にの江「……はい///」



あたしは娘子の様に高鳴る胸を悟られぬように、出来るだけ平静を振る舞って

潤之助さんの後に続いて床の間に上がった



にの江「…ところで、お智ちゃんは留守ですかぃ?」



キョロキョロと家の中を見回す


ぐるっと一周見渡せば家中の全部が解るような小さな家だったから

どこぞに隠れて見えないなんてコトはあり得ないのに

いくらキョロキョロ見回しても、お智ちゃんの姿は見えなかった



潤之助「えぇ、留守です

確か、何時も薬を頂戴している“翔吾”とか言う若い衆に会いに行くと申しておりました」




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