第3章 距離2
触れようとして、それは大きな手に阻まれた。
「キスはダメ」
いつの間にかそばに来ていた五条が、おれの口を覆う。後ろから香る清涼感のある香り。五条の匂いだと認識したとたん、脳がくらりと揺れた。
耳元にかかる息。背中にふれる体温。おれを後ろから抱き込め、口を塞ぐ男の近さに眩暈がした。
「何それ」
キスをし損ねた女が、すねたような声でいう。
「お前、キスはしたことある?」
耳元で囁かれて、ふるりと体が震える。それは恐怖なんかではなかった。耳の淵にかかる息が思いのほか熱くて、じっとりと背中に汗をかく。
「あ、るけど」
「ふーん。いつ?」
「い、つ?、そんなん、おぼえてなんか、」
僅かに掠れた声が色っぽくて、まずいと脳が警報を鳴らす。
「思い出せって」
脳に直接吹き込むように言われて、素直に記憶を探る。いつ。いつだったっけ。まだ、大して何も知らなかった頃だったような気がする。
おれは一人で外にいて、通りかかった男がおれに金を握らせた。よく分からないまま頷いて、ついて行って、そして。
なにも知らない、分からないおれの口に、男がむしゃぶりついた。あつい息と、動く舌が気持ち悪かったのを覚えている。喉の奥までしたをつっこまれて、えずいた。
そこまで思い出して、息が突然うまくできなくなる。
「ひっ、ひっ、かひゅっ…」
全然つらくないはずだった。もっと辛いことが山ほどあった。なのに、なんで。わけも分からないまま、呼吸の自由を奪われてパニックになる。
必死になって、もがいて、何かを掴んだ瞬間。
「ぅんっ、」
柔らかくて、温かい唇が押し付けられた。キスだ。理解して、首を振る。拒絶の意だった。けれど、そんなものは無視をされ、挙句中に舌が入り込んできた。