第6章 *File.6*諸伏 景光*
【入学式*二年前】
「ちょっと様子を見て来るよ」
「ヒロ?」
「念の為に確認の電話をしたら、とっくに家を出たって」
「入学式まで、後五分だぞ?」
「分かってる」
腕時計を見遣る、隣のクラスを受け持つ幼馴染に手を振って正門へと急いだ。
「何もなければいいけど」
体育館を出て正門をくぐると、道路沿いに高く長い壁が続く左右を何度も見回す。
流石にこの時間になると新入生の保護者達も体育館に揃っているらしく、もう人影はない。
入学式早々、事故や事件に巻き込まれた、なんてことがないことを心底祈るよ。
上級生達は、春休みの最終日を満喫するだろう。
「……あれ、か?」
間もなく、曲がり角からこちらに向かって懸命に走って来る一人の女生徒がいる。
望月雪乃。
調査票の内容ともに、彼女の写真も思い出す。
それが徐々にこちらに近付く彼女の顔と一致した、その瞬間だった。
「わっ!」
「えっ?!」
少し離れた場所で、驚きの声と同時に小柄な彼女の身体が前のめりになったのは。
マジか!?
「っと、間に合った!」
危機一髪。
何とかこの身体を割り込ませて、彼女と硬い地面との衝突を防ぐことが出来た。
「……あ、有難う、ございます」
「転ばずに済んでよかったよ」
フウと安堵のため息が一つ洩れた。
「!!」
状況的に真正面から抱き留める形になってしまったせいか、顔を上げて傍で視線が合ったと同時に、彼女の頬が真っ赤に染め上がった。
「あっ!ゴメンっ」
瞬時に状況を理解し、体勢を整え慌てて抱き留めたままの両腕を離すと、
「た、助けていただいたのに、そんなっ」
彼女はブンブンと、大袈裟なぐらいに頭を振る。
とりあえず、セクハラやら何やらの問題はなさそうで一安心だ。
「落ち着いたところで申し訳無いんだけど、また走ってもらえるかな?」
「えっ?」
まだ幼さが残るキョトンとした瞳に、思わず笑ってしまう。
「入学式に遅れそうだから」
「あーっ!!」
腕時計を指差すと、自己紹介を兼ねながら二人で体育館まで猛ダッシュをした。