第1章 enrollment
五条君の手が頬に添えられて、彼の方を向かされる。
痛むくらい胸がきゅっと締め付けられて、全身が熱くなった。
禅院の人達に結婚を申し込まれた時とは全く違う自身の感情に驚いてしまう。
禅院直哉との婚姻を阻止するため。
五条君が私にキスしたのも、わざわざ直哉君の前で結婚を申し込んでくれたも、そのためだと分かっているのに、息が詰まるほど嬉しいと思っていたのだ。
クラスメイトの望まない結婚を阻止するために、ここまでしてくれるなんて、優しすぎるよ、五条君。
「返事は?」
『は、はい…五条君がいい』
ズレたサングラスの隙間から覗く、キラキラ光る蒼の瞳が私に優しく笑いかける。と、同時に横から直哉君の舌打ちが聞こえ、びくりと揺れた身体をそちらに向ければ、
後ろにいる禅院家の人達も、溜め息を吐いたり、額に手を当てたりして、明らかに嫌そうな顔をしていた。
!!
そして、突然直哉君に強い力で引き寄せられ、彼の唇が私の耳にぴったり寄せられて背中に冷たい汗が流れた。
「クッ、それはしゃーないなぁ。おもんないその芝居終わった頃にまた会いに来るで?かぐら」
『や、だ…!』
彼の低い声が脳内に直接響いたような気がして、ぞくりと不快な感覚が身体に走り、ぎゅっと目をつぶった。
五条君助けて…!
「話、聞いてた?かぐらに触れたら、君を殺すって言ったよ、俺」
「おー、怖い怖い。東京での用事も片したし、今日はもう帰らせてもらうわ。行くで」
助けてと心の中で叫んでいたのにも関わらず、聞いたことのない五条君の低い声に、私までドキリとして肩が揺れてしまう。
遠ざかっていく禅院家の人達の足音に安心してゆっくり瞼を開くと、五条君が私の背中をさすりながら、口角をあげていた。
『本当に、何から何まで、ありがとう』
「俺は俺がしたい事をしただけだけど、かぐらチャン、何か勘違いしてる?」
禅院家の人達の前でしたキスも、プロポーズも、演技、だよね?
『かん、ちがい…?』
「今更、婚約破棄とか受け付けねぇよ?
あとそれから、俺の婚約者になったんだから、頭の先から爪先まで他の男に触らせたら許さねぇから、分かった?」
『!!え、待っ』
「無理。かぐらチャン、分かりましたかー?」