第5章 あの人と出会ってしまった
違うと声に出して否定したいのに、喉が不自然に枯れて息だけが溢れた。
「寧々、帰る前に約束しよっか。こっちにおいで」
薄ら笑いをする兄に離れたいと望むほど、すくんでいた足が、震えていた足が一歩二歩と近づいていく。
「約束。子供の頃もよくした指切りだよ。さぁ、手を出して」
何度も殴られ、叩かれ、指をさされた、髪の毛を引っ張るのも体中を引っ掻くのも…全部、その手だった。
忌み嫌う手に触れるはずもない…のに、吸い寄せられるように小指が触れた。
「寧々…っ!?」
「指切りげんまん、僕たちはずっと仲良しだ。いいね?指切った」
何一つ拒絶を示せない体が飽和して、涙だけが辛うじて流れた。
「泣かないでよ寧々、またすぐ会いにくるよ。それまでは…許しててあげる。またね」
兄が遠く、小さくなっていく。
さっきまで、私に恐怖心を煽ってトラウマを呼び起こしていた兄が。
姿が見えなくなって、やっと咽び泣く声が出た。
またしゃがみ込んで、みっともなく泣き縋る私に、五条くんはなんて優しい目を向けるのだろう。