第5章 あの人と出会ってしまった
帰りのバスに乗り込んで、遠くなっていく水族館を眺めた。
大きな建物がぐんぐんと遠くなって小さくなっていく。
さっきまで、そこでとても楽しく過ごしていたのに。
バスに揺られながら、そんなことを考えている私とは対照的に
「五条くん、何をしてるの?」
「俺の手が寧々に触らないように必死に抑えてんだよ…っ」
2人掛けの席に横並びに座った私達。
人間0.1人分の隙間を空けながら、五条くんは私と隣り合った左の手を、反対の右の手で抑えていた。
「バカ」
周りの乗客の迷惑にならないように小声で罵った。
「じゃあ触ってもいいってのか!?」
五条くんも小さな声で反論をした。
「本当にバカ」
絶対に嫌とは言い切れない私が。
汚された過去のトラウマに縛られた私が、そんなことを思うなんて。
「触らないで」と強くは思わない。
今日は素敵な1日ではあるけれど、汚物まみれの過去を塗り替えるほどではない。
それなのに、五条くんが自分にとって特別な人だと錯覚してしまう。
「寧々、降りるぞ」
「え、うん…」