第1章 序章
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「ぇさん。たすけて!ねえさん!」
本日二度目の寒気がした。
この幼い声は間違えようが無い。揚羽だ。何故だ。炎が見えてから逃げる時間は十分あったはずだ。異常事態には自分の命を優先して逃げるよう、何度も教えた筈だ。なのに何故まだ逃げていない。
今もなお助けを求め、張り上げてる声をたよりに揚羽の居場所を突き止めようとする。方角からして私の自室辺りだろうか。炎と煙りで悪くなった視界の中、急いで大切な形見を探す。
「揚羽!何処だ、揚羽!」
「姐さん!ここにいるの、姐さん!熱いよ、たすけて、たすけて!」
「今行くから動くんじゃないよ!」
「あつい、あついよ…。」
徐々に弱々しくなる揚羽の声に焦り始める。床を食い尽くす火を素足で踏むのも構わず、私は部屋を一つ一つ虱潰しに確認して行く。自分の部屋に辿り着き、障子を勢い良く開ければ、中には床にうずくまる揚羽の姿があった。
「揚羽!」
揚羽の元へ駆け寄り、その小さい体を腕に抱え込む。気は失っているが息はしている事に安心し、急いで自室の窓から脱出を試みる。だが、窓に辿り着く寸前、逃げる事を許さぬかのように天井が目の前で崩れ落ちた。
くそっ、ここからは逃げられない。
早い切り替えで私は他の部屋を当たる。しかし、行けども行けども建物は火の手で逃げ道を塞がれてゆく。肺を満たす煙の所為で息も苦しい。通り過ぎる部屋の中で朽ちてゆく遊女達も何人か目の当たりした。肉体的にも精神的にも限界に達してきているのを感じる。