第1章 序章
せめて、この子だけでも。
そう願い、他の部屋よりも火の燃え上がりが弱い部屋へ入る。だが、やはりこの部屋もはずれだった。足を踏み入れた場所は、遊女達が見せ物にされる大きな格子のついた部屋である。外へ繋がる程の大きい出入り口など無い。格子を破ろうにも、炎が全てを燃やしている。これで終わりか、と心に諦めが生まれた。
しばらく格子を眺めれば、一つの覚悟が私の胸に決まった。何をしてでも、揚羽だけは生き延びさせる。そう思い、私は揚羽をまだ燃えていない床の上に寝かせた。数歩前へ進み、両腕を格子に伸ばす。じゅうぅ、っと格子を握った手が火傷を負う。ぐっ、っと歯を食いしばり、力の限り格子を前後に揺らす。弓のように大きくしなりはするが、なかなか壊れない。その辺に落ちていた煙管盆拾い上げ、何度も同じ箇所を打ち付ける。
ガンッ、ガンッ、と何十回と殴りつければ、とうとう格子に拳程の穴があいた。それを見れば煙管盆を投げ捨て、素手で穴をこじ開ける。子供が一人通れるほどの大きさになったそれを見て、希望が胸に蘇る。急いで揚羽を担ぎ上げ、やっと出来た逃げ道に押し込んだ。腕や服が途中で引っかかったが、どすっ、という音と共に揚羽は無事に建物から脱出できた。建物が崩れれば、揚羽はまだ危ない位置にいる。だが外から百華達の声が聞こえたような気がした。助けがこちらに向かっているのなら、もう心配などしなくても良い。揚羽はきっと無事に生き延びれる。
安堵と共に意識が遠のく。このまま私は他の遊女達と炎で焼かれ、あの世へ向かうのだろう。
その場に倒れた私が最後に感じたのは、炎とはまた違う熱に包まれる感覚だった。