第1章 序章
「そうさ。どうせもう三十路の年増女だからねぇ。生きても客なんざ取れなくなるし、そうなればお払い箱さ。どの道未来なんてありゃしないんだ。終わるなら今でも後でも変わりゃしない。しかし成る程ねぇ。それでその首の痣ってわけかい。派手にやられたようだねぇ。」
「痣を気にするなんざ今更だけどね。」
「そうね。」
穏やかな流れで会話をしている間にも、火の手はどんどん建物を焼き尽くしてゆく。
「さて、私は部屋に戻るとするよ。あの世でまた会おう、采女。」
「ふふ。ええ、また会いましょう、鈴蘭。」
今生の別れをした後、私は彼女の元から去る。終わるのなら、人生のほとんどを過ごした自室が良い。そう思い足を進めた。逃げた数人の遊女達を除き、大半の遊女達がこの燃える建物の中に残る事を決意したようだ。通り過ぎる部屋を覗く都度に、人の影が見える。それもそうだ。辛い思いをしてまで生きる必要がどこにある。今、吉原で燃え上がる炎は、ここの遊女達にとって救い以外の何物でもない。