第6章 子守唄
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僅かながらも、静かな部屋に布が擦れる音が響く。その音に反応し、男の意識が戻る。疲れていて目を開けて確認はしていないが、部屋の中に誰かがいるようだ。恐らく行方不明だと思っていた女だろう。どこでほっつき歩ていたのかは知らないが、戻るなら眠りを邪魔しない時間帯にして欲しいものだ。男は文句を胸中でつぶやきつつも、女の気配を感じる。どうやら女は男の上に馬乗りになっているようだ。男に起きて欲しいのか、冷たい手で顔を撫でられる。
疲れてはいるが、妙に積極的な女に対して男も満更でもない。女から温もりを求めていると言うのならば、今夜くらいは優しく抱いても良いかもしれない。最近は乱暴な抱き方をしていたのだから、たまには飴を与えるのも良いだろう。そう思い、男は目を開いた。
刹那、男は恐怖で身を縮める。馬乗りになった女は化け物じみた姿をしていたからだ。長い黒髪は部屋の天井全体に広げられ、蜘蛛の巣のようにはびこっていた。肌は死人のように青白く、口からは鋭い牙が覗く。開けっ放しの口からは唾液が垂れ、べっとりと男の胸に落ちた。
しかし、何よりも男に畏怖の念を抱かせたのは変わり果てた女の双眸である。黒目も白目も無く、ただ血で塗りつぶされたかのように赤黒い目が男を恨めしそうに見つめていた。瞳から溢れる赤黒い液も、すーっと涙のように女の顔を伝う。
ガタガタと震える体を止める術すら持たず、男は声の出ない口を大きく開き、牙で襲いかかろうとする女を見つめる事しか出来なかった。
気づけば、男の首が部屋に転がりながら血の痕を畳に残していた。