第3章 あたたかな
「へ?」
あまりに予想の斜め上へいった答えに拍子抜けした。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。しかも理由自体は男である銀時を喜ばせるものである。惚れている女からの言葉なのだから尚更だ。しかし、気持ち良かったのならば何故泣くのか。銀時にとって菊の返事は不可解な解答であった。疑問が顔に出ていたのか、菊はそんな銀時を見つめ、未だ赤い顔と潤んだ瞳で説明しはじめる。
「こんなに気持ちよかったのは、生まれて初めて。」
「…。」
「いつもは、痛いだけだったから。叩かれて、殴られて、揉み潰されて、引っ掻かれて、縛られて…。こんなに優しく触れられたのは、初めて。」
また頬をはらはらと伝いはじめる涙を、銀時は親指の腹で拭った。菊は銀時の胸に己の体を凭れ掛けさせる。
「知らなかった。こんなに気持ちの良いものだったなんて。」
そう、知らなかったのだ。異性の腕に優しく包まれる事自体、そしてその温かな熱に身を委ねる事すら、菊にとって革命的な出来事だったのだ。女体である喜びを、少しながら味わえた気がする。
遊郭で処女を喪失した時も、適当に訪れた客を相手にしての行為だった。荒くれ者が気を使うはずもなく、痛みで最終的には意識が持っていかれた。起きて金を管理する者に尋ねれば、痛がる反応しかしない処女に、客は金を払わなかったと言う。初めての床仕事から「価値の無い女」として扱われた事に悔しさで泣いたのはよく覚えている。当時、菊は十一だった。
しかし『死角』で生きる以上、「己の価値」を見いだす事は愚者のする事である。初夜を経験して以来、菊は他の遊女達と同じように毎晩くる暴力と性欲の塊である客を無関心に相手をした。