第1章 序章
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息を荒くしている男の下で、ただ時が過ぎるのを待つ。単調な動きで何度も貫かれ、快感も感じず只ぼうっと相手の顔を見る。男の口から垂れてる唾液が胸の上に落ちるのが不快だ。そこら辺に落ちてる自分の着物で拭いたいが、後ろ手に腕が固定されているため、動けずにいる。
今回の男は自前の縄で女を縛りながら犯すのが趣味らしい。今は手首を後ろで拘束されているが、これはきっと奴にとって前戯だ。その証拠に縄はもう三本所持している。ただでさえ仰向けになって、後ろにまわされている腕に全体重が乗っかっていて辛いのに、これ以上に不自然な姿勢をさせらるのかと思うと、うんざりする。
そんな事を考えている内に男は己の欲望を中に吐き出していた。今度はこの男の子供を孕むのだろうか、と冷めた頭で思う。通常、遊女達は石女でない限り避妊用の薬、もしくは道具が用意される。しかしここではそれを取り揃える事さえままならない。文無しが来るような所だ。その日の飯を確保するだけの金が入れば上等な方だ。それにたとえ孕んだ所で仕事は続ける。そのうち暴漢達の相手をし続ければ、腹が膨らみ始める前に胎児は自然と流れ出た。腹はしばらく痛むが、正式な中絶を行う金は浮く。痛みが大方治まればまた客を取るだけだ。結局この一角で子が無事生まれた例など数える程しか無い。その例の一つが、先ほどの禿なのだが。
あの禿の母親は、この遊郭で唯一私が友として認めた女だった。地獄にいるにも関わらず、暢気に明るい奴だった。荒くれ者の男達と渡り合う為に捻くれた他の女達とは対照的に、彼女、几帳(きちょう)はいつも慈愛の満ちた笑みを携えていた。男共も、傷をつけるのはやめなかったが、彼女にだけは僅かながら優しい扱いをしていたらしい。他の女はそんな彼女に嫉妬して、嫌がらせを絶えず続けた。私はその時、傍観に徹していたが、心の底では彼女を罵っていた。すぐに彼女も他の者達のように堕ちると。
しかし彼女はめげなかった。それどころか几帳の笑顔は輝きを増した。相変わらず女達からは嫌われていたが、いつしか彼女は私の光になった。どんなに深いどん底に落とされても、笑顔で生きる事が可能なのだと教えてくれた。傍観の位置を離れて彼女に話しかければ、私はすぐに彼女の温かさを拠り所とした。