第1章 序章
鳳仙が支配していた頃はこんな事ありえなかったのに。余計な事をしやがって。
物理的な光を吉原にもたらした名も知らぬ『救世主様』に、私は毒づいた。麻薬で頭が逝ってしまった女達のおかげで、まともに働ける者が少なくなった。そうして金を稼げぬ者達は離れた小屋に集められ隔離されている。中心部の女なら、客が自分の元に流れる事に喜ぶだろう。しかしこの地区ではありがた迷惑以外の何物でもなかった。誰も好き好んで今以上の数の暴漢を相手にしたくない。己の身に降り掛かる災難が増えただけだ。そういう意味では、麻薬に手を出した者達は勝ち組なのかもしれない。糞ったれた人生から逃げ出せたのだから。
「姐様、お客です。鶴の間で待たせてます。」
ボロい遊女のお下がりを着た禿が障子の隙間から連絡を入れる。今行く、と一言返し、私は昨晩つけられた傷を清める作業を止めた。さほど上等でも無い商売用の着物へ適当に袖を通し、指定された部屋へ向かう。廊下を歩けば薄い壁を通して遊女達の喘ぎ声と悲鳴が響き渡っていた。