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さよなら桃源郷(銀魂:銀時夢)

第3章 あたたかな


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 菊と揚羽は十数週間の時を万事屋で過ごした。食事や掃除、洗濯、風呂、何もかもが新鮮な経験だった。天人のおかげで科学や技術が発展した現在の江戸には似つかわしくない、時代遅れな生活を菊と揚羽は送っていたからだ。今は井戸で水を汲まなくとも蛇口を捻るだけで飲み水は確保出来る。薪を集めて火を焚かなくともガスコンロを使えばすぐに火は使え、掃除も洗濯もからくりに任せれば全てが簡単に終わる。閉じ込められていた吉原という鳥籠がどれほど世界から疎外されていたのかを、菊は改めて知る。

 もっと現代に馴染めるように菊はあらゆる家事を試そうとしたが、不自由な体がそれら全てを失敗に終わらせていた。銀時との約束で揚羽を地上で育てる代わりに家事をするはずだったが、支えなしに手洗いに行く事も困難な体に、菊はすっかり自信を無くしてしまった。せいぜい出来るのは皆の着物をたたむぐらいである。誰も菊を責めないのが、余計に菊を苦しめた。

 揚羽は寺子屋に通い始めたし、他の万事屋メンバーは朝食を食べればすぐに仕事へ向かう。夕方には皆戻ってくるが、一日の大半を菊は独りで万事屋で過ごさなければならなかった。出来る事と言えば洗濯物をたたむ事と、月に一度訪れるお登勢に家賃を払う事ぐらいだ。しかしそれらは洗濯物があり、そしてお登勢が訪れる日でなければ意味の無い仕事だった。新八が一度だけ電話番を提案したが、世間の常識を知らないから対応できない、と菊は断ったのだ。そして何よりも菊を落ち込ませているのは、お風呂や包帯を巻く事すら、自分で出来ないことだった。逆に銀時に世話をかけさせている状態である。夜中に何かあればすぐに対応できるよう、寝るのも銀時の隣にさせられる始末だ。約束とは裏腹に何も出来ないし、迷惑をかけているだけなのだ。口には出さないが、無益である苦しさから解放されるならば、天人に飼われた方がマシに思える時もあった。そうして菊は自分の役の立たなさを痛感する毎日を送るしかなかった。
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