第3章 あたたかな
「そう。そう、だったわね。これが大根。久しぶりすぎて、名前も覚えてなかった…。これはジャガイモ。汁物に入れたら、こんなに柔らかくなるのね…。これは、きのこ? エノキって言うんだ。初めて知った…。」
まじまじと菊はみそ汁を観察して、ぽつりぽつりと思った事を言う。目の前に広げられてる食事自体、菊の記憶の限り、目にした事のないほど豪華な物だった。当然、揚羽にとっても初めて見る豪勢な食事である。白米は炊きたてでふんわりとしていて、みそ汁は先ほど新八があげた三点の具が入っており、そしてメインの野菜炒めも豚肉がしっかりと混ざっている。万事屋の三人からすれば「仕事があれば食べられる一般の家庭料理」と認識しているが、菊と揚羽には信じられないほど上等な物に見えた。
二人の反応を見た三人は、菊と揚羽がいかに貧しい食事をしてきたかを実感した。実際、吉原での食事は見れた物ではなかった。客に出される食事はぱさついた白米、豆腐とわかめが僅かに入っただけの透けたみそ汁、塩を付けすぎた焼き魚、そしておまけとばかりに添えられた安酒だけだった。客が残せばそれも食べれたが、文無しの侍が来る店だ。食事の注文が入る機会自体が少ない。そうなれば、遊女達は腐りかけた食材を利用した簡単な品と、安上がりな煮豆や火の通りが悪い芋で腹を満たすしかなかった。偏った食生活を何年も続けた菊と揚羽の体は如何にも不健康で痩せている。
目前の料理に感激している二人に他の三人も手を止めていたが、先に行動に出たのは揚羽だった。揚羽は自分のみそ汁を手に取り、そして箸を使って大きく切られたジャガイモを一口で食べた。もぐもぐと口を動かし、味わうように何度も噛む。その表情をみれば、噛むごとに輝きが増してゆくのが分かる。
「美味しい!」
大きな声で告げた揚羽を皮切りに、食事は笑顔で再開された。菊も持っていたお椀から一口ほどみそ汁を啜り、柔らかい笑みを浮かべる。それは万事屋に来て初めて菊が見せた表情だった。