第1章 序章
元々ここ一帯は吉原の中で安くて薄汚い事で有名だった。所謂「銭見世」であり、欲しくもない肩書きである。地上へのどの入り口からも離れたこの場所は、大した金のない荒くれ者がはした金で女を買える所だ。百華も取り締まりに訪れるが、広い吉原を見回るのに忙しいのだろう。大半は男共に好き勝手されている。平たく言えば、同胞からも見捨てられている状態だ。
恋愛ごっこを楽しみたい普通の客とは違い、ここに来る者たちは唯単に欲を吐きだすために、もしくは異常な性的趣向を満たすために足を運ぶ。女を道具以下としか認識していない奴らと床を共にすれば、明け方には必ず打撲の痣や生傷が増える。傷が癒える前に次の客の相手をするのも日常茶飯事だ。しかも前の客が付けた傷跡を見て、暴力に便乗する輩がほとんどである。稀に普通の客も来るが、この店へ訪れて既にボロ雑巾のような躯を見ては大事にする気はなくなるのだろう。暴力は滅多に無いが乱暴には扱われる。美しくないものは愛でる必要がないと言う事だ。
最近では妙な麻薬も流行っているらしい。深い闇に捕らわれた女達が求める偽りの希望。一時的にでも苦痛から解放されるならと、手を出す女は多い。ここの連中は特にだ。だが薬漬けの生活が続くにつれ、女達の様子は明らかにおかしくなった。何もない先を見つめていたり、中毒になって薬を求め暴れ回ったり、幻覚を見て狂気的な笑いをあげたり。仕舞いには何が幻覚で何が現実かが分からず、馬鹿げた行動で命を落とす者も出始めた。