第2章 そして貴方と出会った
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落ち込む月詠を冷めた目で菊はただ見つめていた。そしてもう何も言い返さない彼女を無視し、再び視線を銀時に戻す。
女の喧嘩に巻き込まれるのは御免だと言わんばかりに耳をほじっていたが、菊の視線に気づき、背けていた顔を前に向けた。そして菊がしゃべり始めるのを待つ。
「手持ちの金は無いが、絶対に必要な金は稼いで出す。だから、あの子を…。」
「つってもよぉ。おめーさん一体どうやって稼ぐってんだ。また銭見世でも立ち上げて野郎の相手でもすんのかよ。今のお前じゃ、どうせ誰も相手にしねーぞ。」
「そんな事は分かっている! だから私を買う物好きな天人でも探すさ。絶対に金は払う。だから、お願いだから、あの子をここから連れてって…。」
悲願する菊の声には先ほどの威勢はなく、語尾は弱々しいものだった。懇願と共にした土下座の姿勢も崩れだし、菊は漏れる嗚咽を押さえながら涙を畳へ流し落とす。体は小刻みに震え、強く握りしめている拳は火傷で乾燥した皮膚が裂けたのか、血が僅かに包帯から滲みだしていた。
その様を見ては、嫌でも気づかされる。菊は激しく吉原に絶望しているのだ。幼い頃から『死角』で生き、何年も永遠と男と交わらされ、その上に相手の性癖次第で無理を強いられた。完全に吉原に対する信頼は無い。いくら百華の頭である月詠が身の安全を保障しても、菊は揚羽を地下に置く事を許さないと心に決めていた。