第2章 そして貴方と出会った
「何故、今まであの区域に取り締まりに来なかったと聞いている! 悲惨なのは火災なんかじゃない。むしろあの火の手は私達遊女の救いの手だった! 何故かって? 生きていても地獄しか見れないからさ。あの遊郭に取り残されて焼け死んだ遊女達は、自ら死を選んで残ったんだ!」
自ら選んで残った。つまりは逃げられたのに遊女達はあえて『逃げなかった』のだ。いきなり突きつけられた事実に月詠は戸惑った。
「まさか、そんな。何故そんな馬鹿な事を…。」
「馬鹿だって?」
毎晩くる男共にじわじわ嬲り殺されるよりは遥かに良いだろうよ。そう言い、菊は唾を畳へ吐き捨てた。挑発的な目で月詠を睨みつけ、嫌悪感を露骨に示した。
そんな菊を見て、月詠は罪悪感にさいなまれる。つまり菊のいた地区の遊女達は、生きる希望すら持っていなかった。否、彼女達にとって『死』こそが希望だったのだ。
確かに、百華達はあの区域をなるべく遠ざけていた。鳳仙の命令通り、最小限の警備しか行っていない。夜王がいなくなって、一度は警備を強化する事も検討していた。しかし夜王亡き後、吉原全体の治安が悪くなったために余計に『死角』へ送る警備が軽減されたのもまた事実。理由はなんであれ、端から見れば自警団が警備を怠った事には変わりなかった。せめて『死角』だからと軽視せず、すぐに行動すれば菊以外の者達も救えたかもしれない。そう悔やんでいた。