第2章 そして貴方と出会った
申し訳なさそうな表情に偽りは無かった。喋る間も、月詠は床に放り投げられてた着物を拾い上げ、菊の膝にそっと掛け直す。菊はそんな彼女の様子を見て、視線を彼女から掛けられた着物へと落とした。視線とともに思考もずれ、ただただ白地に青い波模様で縁取られた着物を無表情で見つめる。愛想は無いものの、そんな警戒を緩めた菊の雰囲気に月詠は笑みを零す。一方的でも話が尽きぬよう、そのまま月詠は話し続けた。
「わっちは別の場所で火災の消化に当たっておってな。ぬしを助けた別の人物から聞いたが、ぬしは命がけで禿を助けたそうじゃな。火災の翌日にその禿に会ったが、軽度の火傷だけでぴんぴんしておったぞ。元気のいい、明るい子じゃ。」
禿の話題が上がり、揚羽の無事を知った菊は僅かに表情を和らげた。それを確認した月詠も、良い反応を返した菊に嬉しさが込み上げる。
「別の部屋に今は居るが、そのうち顔を見せに来るはずじゃ。何せあの子供はぬしの側をなかなか離れたがらなくてな。今、夜は子供同士で同じ部屋で寝るのが決まりなんじゃが、毎回ぬしから引きはがして寝かし付けるのに苦労したぞ。」
クスクスと可笑しそうに月詠は笑いながら言った。それを聞いた菊も、惜しむ事なく笑みを浮かべる。遊郭で仕事の時は「姐様」と呼ばせ、真面目に働くよう躾けたが、それ以外の時はやんちゃでお転婆な少女である事には変わりなかった。同僚の采女にもそうだったように、基本的に揚羽は遊郭の姐さん方に対して甘えん坊であった。産まれたばかりの頃は、それこそ穀潰しと批難されたが、成長するにつれ彼女は遊郭の中で癒しになっていった。母親のように笑顔が絶えず、そして人の心を掴むのが上手い。そんな揚羽は、特に菊に甘えるのが好きだった。揚羽が菊の側を離れたがらない姿は、容易に思い浮かんだ。生きていた事に対する喜びと、自分が意識を失っても尚そばを離れない愛しい子のおかげで胸がいっぱいになった。
しかし、月詠の次の問いに、空気は一瞬にして凍り付く。