第8章 子の心、親知らず
けれど、そんな中で寺子屋に通って世間一般の「母親」というものを知ってから、揚羽は更に菊を母として求めたくなる。ただの保護者ではなく、本当の家族になりたかった。子供であれば当然の要求であり、当たり前の感情なのだ。溜めに溜めた想いは大きくなるばかりで、揚羽は苦しかった。
「おかあさんが、ほしいっ。ほしいよっ! ねえさんに、おっか、に、なってぇ……」
「そうだ、吐け。吐きゃあ良いんだ。オメーのソレは、溜め込んでもテメーの魂を殺す毒にしかならねーよ」
幼子の気持ちを肯定するように、銀時はそっと揚羽を抱き上げた。抱えられた揚羽も言葉を羅列できないほど感情が高ぶっているのか、ただただ銀時にしがみつきながら泣き叫び続ける。
耳元がキーンとなるほどの声量だが、銀時は気にもせず揚羽の背中をぽんぽんと叩きながらあやした。初めて年齢に見合う振る舞いをした揚羽は本当に小さく感じられる。これ以上、この小さな体に似つかわしくない感情を溜めさせないためにも、銀時はしっかりとした声で揚羽に言葉をかけた。
「いいか、泣き喚きながら欲しいものを『欲しい』っていうのも、ガキの仕事の内だ。いつか直接ねーちゃんに言えや良い。隠さずに本気でぶつかってみろ。オメーの声も願いも、全部ねーちゃんに届くはずだ」
それは菊と同様、本心を表さない揚羽になげかけられる唯一のアドバイスだった。
揚羽は姐の閉鎖的な態度を嘆いているが、実の所、揚羽も人の事を言える立場ではなかった。菊が揚羽に遠慮していくうちに、いつしか揚羽の方も姐に気を遣って本心を出さないようになっていた。互いに気を遣い過ぎてしまった結果が、今の二人のすれ違いだ。