第8章 子の心、親知らず
揚羽のすすり泣く声も止み、僅かに震えていた肩も静まっていたので、恐らく彼女はもう落ち着いたのだろう。それでも顔は一向に上げないため、揚羽の気分は未だ沈んでいるのは明白だった。少しでも慰めになれれば、と菊は幼子に話しかける。
「……揚羽」
「姐さん、あのね! 今日は寺子屋で算数の問題がちゃんと解けたんだ! 先生にすっごく褒められたの。『算数を習ったばっかりなのに、凄いね』って」
「え?」
「昨日やったテストもなんと十問中九問も正解したんだよ! ほら、見てみて!」
「っそう。偉いわ、揚羽」
予想とは真逆に、揚羽は突拍子もなく明るい声で話題と態度を切り替えた。涙の跡は残っているが、その他はいつものように元気な姿だった。姐に寺子屋での事柄を喋り始め、まるで先ほどの波瀾万丈な出来事などなかったかのように振る舞う。あやめに襲いかかった際、床に投げ捨てた手荷物からテストを引っ張りだして菊に見せた。一瞬で機嫌が良くなった揚羽の様子に驚き戸惑いながらも、菊は彼女の頭を再び撫でながら褒める。
「ただいまネ! くぁわうぃー神楽ちゃんと定春が帰ってきたアルよ!」
「ワンッ!」
「神楽お姉ちゃん」
今度は開けっ放しだった戸から仕事を終えた神楽が帰ってきた。給料袋を手にした少女と犬を見た揚羽は、そのまま神楽の元へ走り去ってゆく。その日は動物園で猛獣を取り押さえ、健康診断の手伝いをしてきた神楽は揚羽に面白可笑しく仕事場での出来事を話し始めた。