第8章 子の心、親知らず
「どうして泣いてるの?」
「だって姐さん……こども、できないって……くすり、きかなかった、の?」
「効いたわ、ちゃんと。もうここが痛くないもの」
右手で下腹を撫でながら菊は言った。
「……でも生理きてないんでしょ?」
「来てないわ」
「それじゃ、いみないっ」
「揚羽」
改めて名前を呼ばれ、揚羽は泣いたまま顔を上げる。
「良いのよ、大丈夫。姐さんはね、もう十分なの。もう子供を作りたくないし、お腹も痛くなくなった。今のままで十分すぎるほど、幸せよ」
優しい笑みがそこにはあった。どうする事もできない状況で、しかも本人は幸せだと断言してしまっている。もう揚羽に出来る事と言えば、納得する以外にない。
「……そうなんだ」
その一言で場が治まれば、今度は重苦しい沈黙が部屋を支配していた。しかし、それもすぐに破られる。
「なあに、この空気? 事情はよく分からないけど、もう仕事の時間だから私は行くわよ? 銀さん、またね! 今度は二人っきりで蹴って蹴られてのラブラブSMプレイをしましょう」
「しねーよ! さっさと出てけ」
「ああ、やっぱり銀さんは私の快楽のツボを心得てるわね。次に会うのが楽しみだわ。菊さんも機会があれば、またね」
「……ええ」
太ももに小さな歯形が付いたままのあやめは、自らのペースで万事屋を玄関から退場した。突然現れた嵐は、想像以上の被害を与えて消える。銀時と揚羽が帰ってきてから三十分も経っていないはずだが、残された三人は永遠と重労働をさせられたかのような疲れを感じた。気まずい空気も消える事なく、菊と揚羽は俯き、銀時は眉間に皺を寄せながら面倒くさそうな顔をする。