第8章 子の心、親知らず
けれど菊のいた「死角」では、客と遊女とのコミュニケーションが皆無だった。ただ男の欲望のままに抱かれるだけ。それを考慮に入れればありえない話ではなかった。客と遊女の間で会話がないのならば、下に関する単語が知識として備わる事がないのだ。
銀時も何度か試しにキツめの下ネタを言った事があるが、全て純粋な瞳で問い返された。説明しようにも、居たたまれない状況を作って自分の首を絞めてしまうのは目に見えていたので、銀時は答えを誤摩化した。そして以来、銀時は空気を読んで菊にだけは下ネタを振らないよう気をつける。
今の状況でもあやめが空気を読めれば良いのだが、残念ながら空気を読める女ではないのは周知の事実だった。
「え? なあに、貴女そんな事も知らないの? 嘘、もしかして『ピーーー』されたってガセネタ? って言うか貴女、まさかその歳でまだなの? って言うか、吉原の女なのにまだなの? ああ、なら良かった。銀さんと同じ屋根の下で暮らしてるあげく『ピーーー』だなんて聞いたから警戒してたけど、貴女となら仲良くなれそうだわ。そうね、そうよね。よく見たら貴女じゃ私に勝てる要素なんてこれっぽちも無いわよね。お妙さんや煙管女みたいな顔ならまだしも、貴女みたいな貧相で不健康そうな顔の人が脅威になんて成りえないわよね。ごめんなさい、銀さんの相手にもならないのに余計なちょっかいを出しちゃって」
言いたい放題のあやめがやっと口を閉じれば、一気に空気が冷めた。
「……しないで」