第7章 外の面(とのも)
「アイツは死んだらしいな。」
高杉が菊を見つけたのは偶然なのかもしれない。しかし、彼の一言で菊は全てを悟った。高杉が菊に声をかけた理由。それはきっと彼が、菊にしか知りえない答えを求めているからだ。嘲笑を浮かべ、吉原に居た頃のように江戸弁で菊は返事をする。
「本当に悪かったね、生き残ったのが采女じゃなくて。」
「別に。てめぇの所為でも無ねぇだろ。謝る必要なんざ無いだろうがよ。」
炎上する遊郭の中、最後に菊が話したのは仲の良かった同僚、采女である。揚羽が火の手から自ら逃げていたのならば、恐らく菊も采女と同様、今はあの世行きだったはずだ。「死角」の遊女達の中で一番高杉と親密だったのは彼女であり、きっと高杉も彼女の無事を願っていたのだろう。だが現実は残酷で、采女は生きる事を望まなかった。その結果、逃げられたはずの火事からも逃げず、安らかな死を彼女は選んだ。もし采女が生きる事を選んでいたら、彼女は高杉と再び出会えただろうか。そして今の菊と銀時の関係のように、彼女も高杉と幸せな日々を送れたのだろうか。複雑な想いが菊を巡ったが、今と成っては何もかもが遅い。死者は二度と戻って来ないのだから。
それでも菊は高杉の為に出来る事があると信じていた。遊女達を人間として扱ってくれた彼には、どんな形でも感謝の意を伝えたかった。だから菊は高杉に問う。
「……アンタ、采女の本名は知ってるかい。」