第7章 外の面(とのも)
気付けば、銀時の事ばかりを考えている自分に菊は少し呆れた。地獄から救い出され、無縁と思っていた「普通」を与えてくれたのは他でもない彼なのだから当たり前なのかもしれない。無知な菊に世界を教えてくれ、今日の出来事も振り返れば初めて知った事だらけである。
第一、こんなにも世界は人々の笑顔と温かさで溢れているのだと初めて実感した。そんな堅気の世界で堂々と馴染んでいる揚羽の社交性にも驚かされ、同時に安心も出来た。外は、こんなにも気持ちの良い場所だったのだ。
そう思い耽っていれば、菊の隣に誰かが座る。銀時かと思い横に振り向けば、菊は目にした人物に驚く。
「よォ、久しいじゃねぇか。随分と、色気のある女になったな。一瞬、見間違えたぜ。」
「お侍さん。」
派手な着物は渋色の羽織に隠れ、顔は旅笠で見えにくいが、男自身を見間違えるはずもなかった。彼は過去唯一、「死角」に訪れても遊女一人抱かなかった珍客、高杉晋助である。攘夷志士である彼は、身を隠す隠れ処として何度か菊のいる遊郭へ訪れていた身だ。
地上の法も通じない、しかも吉原の暗部である「死角」は攘夷志士達の溜り場にもなっていた。中には金を払って女を抱く者もいたが、だいたいが「国に仕える我らを奉仕しろ」と言いながら女達をタダで喰らい続ける。そんな中、高杉だけは本当の意味で遊郭を隠れ蓑として利用していた。凶悪な犯罪者だと言う事実は知っていたが、遊女達の間で彼の評判は非常に良かった。
そんな彼が、何故こんな陽の下にいるのだろうか。まず、陽の下で歩いていても平気なのだろうか。平気だとしても何故、彼は自分に声をかけたのだろうか。菊は困惑する。そんな彼女の様子に気づきながらも、そんな事はお構いなしに高杉は会話を続けた。