第1章 初恋
「じゃあ出来次第、順番にお持ちしますね」
大将と女将さんに伝えようと戻ろうとした時、「おい、」と呼び止められた。
その声に振り返るのと同時に、ドスン、という音と共にテーブルに大きな袋が置かれた。
「この金で足りる分だけ料理を持ってきてくれ。あと持ち帰り用にも欲しい」
ローくんがテーブルにお金が入った大袋を置いた音だった。
い、幾ら入ってるの…?
「か、かしこまりました…」
どうしよう。明らかに全部の料理を食材が尽きるほど作っても余りある金額な気がするんだけど…
チラリとカウンターにいる女将さんを見ると、一連のやり取りを見ていたのか、カウンターから出てきた。
「ありったけの食材で作って持ってくることになるけどいいかい?」
「ああ。頼む」
ローくんの返事に女将さんはお金が入った大袋を抱えて厨房へ戻って行った。
今までの様子を静観していた、店内にまだ残っていた数人のお客さんは次々に「お会計…」と言って席を立ち、支払いが済むとそそくさと逃げるようにお店から去って行った。
恐らく、海賊が入店してきたことに気付いたんだろうな。
おかげで、今の店内にお客さんはローくんたち、『ハートの海賊団』だけになった。
出来た料理から運んでいると、船員の人が「なんか悪いな。他のお客さん帰らせちまって」と囁いてきた。
けれどこちらとしてもあれだけのお金をしっかり払って貰ったのだから今のところ損はしていない。
ましてや、女将さんがお金を急いで数えて、お釣りを渡そうとしたら「いらない」「手間かけさせるからその分だと思ってくれ」と言って受け取らなかったのだ。
ワイワイと賑やかにはしているけど、ものを壊されたりもしていないし、脅されてもいない。
『海賊』というイメージにおいては比較的大人しい、良い人たちだと女将さんも認識したのか、怪訝そうな顔も不安そうな素振りも見せなくなった。
わたしはというと、チラチラとローくんを見てしまう。
ローくんはわたしのこと、覚えてくれているだろうか。気付いてくれているだろうか。
それとも、忘れられているだろうか。
きっとローくんもこれまで大変だったはず。
わたしとローくんが仲良く過ごしていたのは1年足らず。
覚えられていなくても仕方ない。