第2章 出航
記憶の中をさらっても、今いるこの部屋に覚えはない。
もしかして……
ギギギ、と音が鳴るんじゃないかと思うほどに軋む体を動かし、もう一度よく部屋を見渡す。今度はちゃんと自分の後ろまでしっかりと。
ベッドから起き上がっただけでは見えない方向にデスクがあり、その椅子にTシャツ姿(黒いコートじゃなくなってる…)のこの部屋の主が座っていた。
特徴的なブチ柄の帽子で顔を隠すようにかぶせ、背もたれに体を預けてデスクには読んでいたのであろう本が閉じられた状態で置かれている。その本を腕で下敷きにし、デスクに対してやや斜めに座っているようで、組まれた長い足がデスクから伸びている。
帽子で分からないけど、多分寝てるんだろう。
段々と覚醒した頭で何故ローくんがそこで寝ているのかを悟り、重たい体を持ち上げ、急いでベッド横に整えられた靴を履いてデスクの方へ近寄る。
「ローくん」
トントン、と肩を叩いてみる。しかし反応はない。
あれ?意外と眠りが深いのかな?
新聞や再会した時もいつ見ても目の下の隅が酷いから、てっきり不眠症とか眠りが浅いタイプだと思ってたんだけど……。
帽子をそーっととってみる。
「……起きてるじゃん」
「今起きた」
肩を叩いて反応がなかった人とは思えないほど、しっかり目が合った。
「ごめんね、ベッド使わせてもらっちゃって。運んでくれたんだよね?わたし起きたし、今からでもベッドに行かない?」
ローくんはデスクの上の時計を見て「4時か…」と呟いた。
「お前はどうするつもりだ?」
「え?わたしは…女部屋に行こうかな……」
まだみんな寝てていい時間なら寝直そうかな。女部屋なら場所覚えてるし。
「今からか?他の奴らなら食堂で寝てるかもしれねェが、イッカクは部屋で寝てると思うぞ」
「あ、そっか。起こしちゃうね?」
うーん。他に寝るところ……
「あ、医務s」
「ここで寝直せばいいだろ」
「え、」
ギッ、と椅子の音が鳴る。ローくんは立ち上がって、わたしの手にある自分の帽子をデスクに置かせて、包帯が巻かれている箇所を避けるように空いたその手を掴みベッドへと引っ張る。