第5章 潜水艦と日常
「…ローくん、あの、わたし動けない……」
「動く必要ねェだろ」
「寝返りすら打てないんだけど…ッまた嗅いでる?!」
「気のせいだ」
頭のツムジらへんに鼻をつけて嗅いでいる音がした。しかも嗅ぎながらただでさえがっちりと抱きしめられているのにもっと力が入った。お尻の割れ目に何か硬いものが当たる。ローくんってベルトしてたっけ?あれ、でもベルトってこんな位置にある??
いっぱいいっぱいになっていると、抱きしめる力が少し緩み、お腹にあった手が少し離れてわたしの両手首を掬うようにローくんの片手に持ち上げられた。手首とはいえ、2本の腕を片手で持ち上げれるなんて、大きな手だ。その事実がまた一段と大人の男性だということを意識させてくる。
「……もう良さそうだな」
「え?あ、傷?もうシミみたいになってるこの痕がなくなるの待つだけだよ。痛みもないし、もう完治だよ」
「そうか」
わたしの頭に擦り寄り話すその優しい声音が響いて、それに共鳴するかのように心臓が騒ぎ出す。
聞き間違いかも、と思うほど小さく「良かった」と呟いて、わたしの両手首を持ったまま、またしっかりと抱きしめられた。
「……苦しくて寝られないよ」
「……寝れるだろ。お前いつも先に寝るじゃねェか」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
肩に回された手がポンポンとわたしの肩を叩く。これではまるでわたしが寝かしつけられてるみたいだ。
寝かしつけるつもりでいたのに、汗をかいた恥ずかしさで、この体勢で寝れるわけないと思っていたのに、落ち着いたローくんの声と背中から伝わる鼓動、何より人肌の暖かさに慣れないトレーニングを始めた疲れなのかどんどん瞼が重たくなっていく。
ああ、そういえばローくんに聞きたいことがあったんだった。
医学の本のことと、最近のローくんがわたしを避けてるような、距離感があるような…っていう……あれ?でも今はすごく近くにいるから、やっぱりわたしの勘違いだったのかな…?
「ローくん、最近、わたしのこと…避けてる?」
「…気のせいだろ」
「……そう……?」
「いつも先に寝る」って言われたから今回こそはローくんが寝るのを見届けたいのに……。
一定のリズムを刻む手と、鼓動、そして安心する体温がわたしを眠りへと誘った───────