第36章 補佐
ケーキを食べ終えたところで
榎本さんはお婆さんを近くまで送ってくると言って出て行き、お店は私と安室さんの2人きりになった。
「美緒さん、今日は本当にありがとうございました。」
『私もすごく楽しかったです。どんな食材も
便利に美味しく食べやすく加工される世の中、
昔ながらの手を加えられていない素材で
素朴な味もたまにはいいものですよね。』
「確かに…
思い出に勝る調味料はありませんからね。」
本当にその通りだと思う。
私も赤井さんと初めて出会った頃の
思い出のカップケーキを作った時、かなり美味しく感じたから…
『安室さんも思い出の料理とかあるんですか?』
「ええ、たくさんありますよ。
このビターなチョコレートケーキのように…
ちょっとほろ苦い思い出ですけどね。」
安室さんは昔のことを思い出しているようで
懐かしみからかとても優しい顔をしていた。
『…そっちの顔の方がいいですよ?』
「え?そっちって…?」
『うーん…上手く言えないんですけど
ニコニコしている時の顔より
今みたいに優しい顔して笑ってる安室さんの方がいいです。そっちの方が素に見えました!』
「……。」
帰り支度をしてエプロンを畳みながら伝えたけど
安室さんからの反応はなかった。
『あ…ごめんなさい…
接客業なのに笑わないわけにはいきませんよね?
変なこと言ってすみません。』
偉そうな事を言ってしまい後悔していると
安室さんからフッと笑い声が聞こえた。
「あなたといると…僕は僕らしくいられるんです。
取り繕う必要がないと思えるほど、
美緒さんといるのは心地がいい。」
『あ、ありがとうございます…?』
褒められているのかよくわからないけど
どうやら怒ってはいないようで安心した。