第1章 前世
彼女が話す赤井さんの話に適当に相槌を打ちながら
キッチンの片付けを集中してやっていると
総料理長が私の元へと近づいてきた。
「若山、あとは俺がやっとくから今日はもう帰っていいぞ。」
『え?まだ退勤時間には1時間も早いですよ?』
「いいって。今日は早く帰りたいんだろ?」
「そうなんですか?副料理長、何か予定でも…?」
『えっと…今日ね、一緒に住んでる彼氏の誕生日なの。
夜遅くまで仕事って言ってたけど、せめてご馳走作ってあげたくて…』
私は現在30歳で、彼氏も同い年。
交際し始めてから3年が経ち、結婚するつもりで半年前から同棲を始めた。
まだプロポーズはされてないけど
これからもずっと一緒にいる予定だし、全然焦っている気持ちはない。
「そんな大事な日なら早く帰ってあげないと!」
「そうそう。早く帰って彼氏を喜ばせてやれ。
お前の料理は最高だからな。」
『じゃあ…お言葉に甘えて…!ありがとうございます!』
ペコっと頭を下げた後
店の更衣室でコック服から私服に着替え
急いでスーパーに向かって食事の材料を買い
小走りで私と彼が暮らすアパートに着くと
部屋の明かりが付いているのが外から確認できた。
『…!もう帰ってたんだ!』
ウキウキした気分のままアパートの階段を登って
彼氏をちょっと驚かせようと音を立てないようにゆっくりと玄関の扉を開けた。
……しかし、玄関に入ると視界に入ってきたのは
私の物ではないヒールの高いパンプス。
そして部屋の奥から女の喘ぎ声が聞こえてきた。